旅の途中  〜1〜  

「さーて、どっちにいくかなぁ……」
 少年は、迷っていた。
 目の前で、道が二つに分かれていた。
 一つは、楽しいが辛いかもしれない道。
 もう一つは無難だが少し退屈そうな道。
 あなたなら、どちらを選ぶだろう。
 もっとも、彼が面していたのは、人生の分岐点などという大げさなものではなく、たんなる言葉どおりの別れ道にすぎなかった。
 右の道をいくべきか、それとも左か。
 右は海沿いの道で、遠目にも望める高く切り立った岸壁からの見晴らしは期待できる。

 しかし、今日は雨が降ったりやんだり。海沿いは風も強いし、雨宿りする民家や木もなさそうである。
 その点、左の道は眺めはいかにも平凡にちがいないが、道沿いに民家もチラホラと見えている。ザアッときたら、軒を借りることもできるだろう。
 母から前借りしたお小遣いと、身近な友人たちから集めた『カンパ』だけが頼りの貧乏旅行。
 一番の慰みは、次々と移り変わる景色の美しさなのだが、夏の盛り、雨合羽を着たままで自転車を漕ぎ続けるのは、やはりいささかしんどい。
「気持ちよさそうなんだけどな……」
 素晴らしい眺めが楽しめそうな岸壁に向かって、弧を描きながらゆるやかに登り詰めていく右側のルートを、未練がましく横目で見る。
「やっぱ、左の道にするか」
 意を決して自転車を漕ぎ始めようかと思ったその時だった。
 プワン、と大きなクラクションを鳴らして郵便局の角からバスが現れた。
「わっ……!」
 海沿いの道に気をとられていた少年は、ふいをつかれてオタオタと自転車を飛び下りる。
 歩道によけた彼の目の前で、古びたバスはロバの鼻息のような音をたてて停車した。

 数人の客をすべて降ろすと、バスはドアを開けたままでエンジンを止めてしまった。
 どうやら、ここが終点らしい。
 なんとなく気勢をそがれて自転車のスタンドを立てる。
 バスから降りた乗客たちを目で追った。
 老婆が一人、中年の男が一人。
 もう一人は、こぎれいな服装の女だった。
 こんな田舎町には不似合いな出で立ちが気になって、少年は自転車にまたがらずに、しばし彼女の様子を観察した。
 肩まで伸びた髪を、明るい茶色に染めている。
 白いミニのワンピースは、デザインこそシンプルだが、しなやかで艶のある生地からも、高級品とわかる。
 サンダルに似た、たしかミュールとか呼ばれているハイヒールを履いていて、手荷物は財布と口紅くらいしかはいりそうもない小さなショルダーバッグひとつだった。
 女はバスを降りてもどこかに向かうでもなく、ただバス停に佇んだままで、懐かしそうに瞳を潤ませながら、さびれた田舎町の風景を眺めている。
 少年は、持ち前の好奇心に揺さぶられ、彼女になにげなく近づきながら、話しかける理由を探した。
 その時だった。



〜つづく〜